分子遺伝学研究室
生命現象のON/OFFの切り換えがどのような仕組みで起こっているのかについて、調節タンパク質の分解に着目して研究を行っています。
ある生命現象が起こる時、必要なタンパク質が合成されます。例えばS 期に入ってDNAを複製するには、予めG1期にDNA合成酵素などのDNAを複製するのに必要なタンパク質が作られます。
しかし必要なタンパク質が合成されるだけではDNA合成を開始することはできません。S期開始を阻害する調節タンパク質が存在し、このタンパク質を分解することも、S期に入ってDNA複製を開始するに必要であるからです。
このように、調節タンパク質の分解が生命現象のON/OFFの切り換えに重要であることがわかってきました。
調節タンパク質の分解が生命現象のON/OFFの切り換えに重要である
別の表現をすると、ある現象がOFFの状態をA、ONの状態をBとすると状態Aから状態Bに移行するためには、その移行を阻止している調節タンパク質(阻止タンパク質)が存在し、これが分解されて初めて状態Aから状態Bに移行するという生命現象が存在するというわけです。
これは、A からBへの移行が無秩序に起こるのを防ぐシステムと言って良いでしょう。
以上のことは、阻止タンパク質が何であるのか、そして状態を移行するときにどのような仕組みで分解されるのかを明らかにすることができれば、状態変化のメカニズムを解明することができることを意味します。
しかしこれまで、この視点からの研究がほとんどされてきませんでした。そのため、阻止タンパク質についてはあまりよくわかっていませんでした。
研究の方針
そこで私たちは、ユビキチンシステムというタンパク質分解系によって分解されることが重要な阻止タンパク質を同定する独自手法を開発し、この問題の解明に取り組んでいます。
1. 阻止タンパク質のスクリーニングと同定
阻止タンパク質の発見が鍵となります。ユビキチン化・分解される阻止質を見つけることができれば、タンパク質の分解によって制御される生命現象を明らかにすることができます。独自の実験手法を用いてユビキチン化・分解される標的タンパク質(阻止タンパク質)をスクリーニング・同定します。
2. 阻止タンパク質の分解を誘導するシグナルの同定
阻止タンパク質のユビキチン化・分解は、厳密に制御される必要があります。そうしないと、無秩序に新たな反応(生命現象)が起こってしまい、細胞機能を正常に維持することができなくなります。ユビキチン化・分解を厳密に制御するシグナル経路の存在が示唆されます。この経路を明らかにします。
3. 阻止タンパク質の分解の持つ生物学的意味の解明
同定した阻止タンパク質を分解できない変異株でどのような異常を見られるか観察し、明らかにした調節回路のもつ生理的意味を解明します。
ユビキチン化・分解される標的タンパク質をどのような方法で明らかにするのですか?
私たちは、ユビキチン化・分解の標的タンパク質を明らかにする独自の手法を開発しました。
ユビキチン化されるタンパク質はユビキチンリガーゼによって識別されます。したがって、ユビキチンリガーゼと結合する因子として同定できるはずです。ここでタンパク質間相互作用を調べるのに最もよく用いられている方法の一つであるyeast two-hybridシステムを用います。この方法では二つのタンパク質の結合をレポーター遺伝子の発現の有無によって識別できます。
しかしユビキチンリガーゼと結合してユビキチン化・分解されるタンパク質は、結合するとすぐにユビキチン化・分解されてしまいます。このため、yeast two-hybridシステムをそのまま適応したのではユビキチン化の標的タンパク質を明らかにすることは極めて困難です。
そこで標的タンパク質が安定化される条件下でyeast two-hybridシステムを適応することを考えました。標的タンパク質を安定化するための遺伝学の手法を用いました。
従来のyeast two-hybridシステムに、二つの遺伝学の手法を導入することによって、ユビキチンリガーゼと標的タンパク質の結合を検出することがわかりました。
このyeast two-hybridシステムと遺伝学の手法を融合した新しいスクリーニング法を用いて、ユビキチンリガーゼによってユビキチン化・分解される標的タンパク質のスクリーニング・同定を行なっています。
これまでにカルシウムシグナリングの調節因子、細胞周期を制御する転写因子、DNA複製チェックポイント関連因子、浸透圧調節に関係する因子などを標的タンパク質として同定しています。
これまでの研究成果 (作成中)
ユビキチンシステムとは
細胞内でタンパク質を分解するシステムの一つです。特徴は、分解するタンパク質をユビキチンというタンパク質で標識(ユビキチン化)し、ユビキチン化されたタンパク質がタンパク質分解酵素の複合体であるプロテアソームで分解されます。ユビキチン化のタンパク質を識別するのがユビキチンリガーゼで、酵母には100種類以上、ヒトでは400種類以上存在し、それぞれが特異的な標的タンパク質をユビキチン化することがわかっています。ユビキチンリガーゼの遺伝子に変異を持つ細胞は、細胞周期やシグナル伝達をはじめ様々な生命現象を遂行することができなくなります。がんや免疫疾患など様々な病態の原因となっています。